いだきライフ

東尋坊の命の番人・茂幸雄さん 自殺志願者救い続け14年

私には大好きなブログがあります。「いだき講座」受講生さんの書いているものですが、その事実をそれほどご本人に明かしたりはしません。お顔を合わせればご挨拶程度させていただくくらいの方です。でもその方のブログにとても支えられています。なので、私も、ここの「いだきライフ」のブログ日記は正直な気持ちで更新していこうと考えています。もしかしたら一生明かされることのない隠れファンが見ているかもしれない。笑 いま、いだきボランティアの方々は、2月12日と3月3日の京都コンサートホールのいだきしんコンサートへの動員に動いていらっしゃいます。私はボランティアをしていません。それは向いていないと思っているからしていないのですが、でもいだきコンサートに沢山の人が来るといだきしん先生もラクだというお話ですし、光の伝搬するのも早まるというので、お伝えして来たいという方がいた時は一緒に行っています。そういうわけでkeiko koma web salonは一丸となってボランティアの方々が書き込んでいらっしゃるために、現在のぶちゃんの出番はなく、こちらのブログで「いだきライフ」を更新。向こうも書いちゃいけないわけではないけど、なんか邪魔になったら嫌じゃんね。 私の中には、何があったわけではないのだけど、慢性的に「〇にたい」と思ってしまう癖があります。星占いだと月と冥王星の90度ということで理由としては落ち着いたんですけど、内面が空間を伝播する、という考え方でいくと、染みほどにほんのちょっとある、プライドや意地などからくる「〇んだほうがラクだ・・・」といういじけた気持ちに、同じ傾向の内面がどっと押し寄せてきてビッグになるのだと考えています。だからか、やたらめったら、東京さいる時よりも、地元青森さ戻って雪の中キュウキュウとしているときに、その症状が出てしまう。これが発動してしまうとまんず、自分でもどうにもならない。だから人付き合いをセーブしているところがある。今日もささいなことからこれが発動してしまい、参ったんです。もがいた挙句、YOUTUBEで「樹海 自〇」と検索したら、この方が登場されました。 https://www.youtube.com/watch?v=zz3tuIbYvmY&t=495s 東尋坊の命の番人・茂幸雄さん 自殺志願者救い続け14年 そしてこの動画を見て回復しました。(た・・・単純・・・そう、かなり重症でもこの程度のことで治るのです。ただ「この程度」のことが見つからずにしばらく苦しむことも多い。) この動画を見て、しげさんのようにはなれないですが、自分なりに、「〇にたい」という気持ちは、相手と同化してではないですがわかるので、共感することはできるんだよなぁと、このなんだか知らないが最初から持っている負のものを、どこかで活かせる日が来るかもしれないなぁなどと思ったのでした。 「〇にたい」という気持ちは本当でありながら、若い頃とは異なり中年になるにつれて、対局のところで絶対にそれがないようにガツン見張っているもう一人の自分がいるので、動けなくなることはあっても自ら命を絶つことはない私です。中年は素晴らしい!お父さんお母さん、ここまで生かしてくれてありがとう。
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昨日もいだきしんコンサートでした

2005年にいだき講座を受講して、2022年の現在までコンサートや受講生向けの講座に参加を続けている私、昨日も府中のいだきしんコンサートへ参加してきました。 「一緒に行こうよ!」と、お世話になっている人に声を掛けましたが、「仕事のある日は無理無理無理!絶対無理。」と頑なにお断りを受けました。というわけで一人ぼっちでの参加です。私は一人でコンサートへ行くことが結構あります。ほとんど一人かもしれません。どなたかご興味のある方は是非ご一緒しませんか。ご連絡お待ちしています。 どうしてそんなにコンサートへ行くのかというと、あまり考えていませんでしたが、たぶんどれだけ意味のあることかを体細胞が認識しているんじゃないかと。「コンサートへ行く」というと、知らない方からは良く「楽しんできてね!」などと言われます。説明の足りない私が悪いんですが、「そういう感じでも無いんだよなぁ」と、少し残念な気持ちとなります。普通のコンサートとは違うのです。      
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吹けば飛ぶよう。

どうして私はこんなにも、「吹けば飛ぶよう」なんだろうか。周りの、とてもおいしいコーヒーを淹れてくれる方々は、みんなしっかりとした軸のあるように感じます。私は、今のところ、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、あれもしたい、これもしたい、あっちも良い、こっちも良い、まるで浮稲のように軸のない状態。ここをしっかりと変えて、大地に根差した人間にならないと、天と繋がることもできないし、どうしようもない。 昨日は渋谷でのいだきしんインプロビゼーションコンサートに参加しました。たくさんの方がご参加されていて、改めて、自分一人よがりだったり、わかったつもりになったりしてはいけないなと感じた。心の中をぐっと覗くと、直視されることを恐れている自分がいる。こっちこないで、と、恐れている。、可哀想に、と感じてしまう。 小さい自分は、直視されると、死んでしまうと怯えている。こんな自分が許されるわけはないと、嘘をつかねば、ごまかさなければと、震えている。このあたりに、現状の私の「吹けば飛ぶよう」な悩ましい状態の根っこがありそうだ。
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いだきライフ

『いだきライフ』という言葉は、確か宮崎先生の作ったものだ。芦屋にお住いの、『いだき講座受講生』の、おじいちゃん先生である。私も、宮崎先生にお会いするために『いだき』へ行っているのではないし、宮崎先生も私に会うために『いだき』へ来ているのではないけど、それでも、現場でお目にかかり笑顔を交わすと温かい気持ちになります。  野生のコーヒーを語るうえで欠かせない『いだき』、もはや私のぶちゃんの人生にも欠かせない『いだきライフ』を、こちらのブログで語って参ります。
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「時間」は存在しない。あるのは「関係」だけ・・・

年末の東北センターの催しでは、「時間は存在しない」というお話を聞きました。それが腑に落ちると、1週間前くらいから続いていた眩暈が止み安心しました。 「最新の物理学では時間は存在しないと証明されている」という興味深いお話を聞いて、カルロ・ロヴェッリさんという著者の『時間は存在しない』という本を読みました。※まだ半分くらいなんですが(笑) それによると、アインシュタインは、人々が時計を同期させることに合意してからほんの数年で、時計を正確に同期させることは不可能だと悟ったそうです。 1883年に全世界を標準時間帯に分けるという案が成立することになったけど、時計が登場するまでの何千年もの間、時間の規則正しい尺度はただ一つ、昼と夜の交代だけだったと。確かにそうです。 。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:. アラン・コンヌという物理学者、数学者、哲学者は、時間の源において量子の相互作用が果たす深い役割を指摘しましたが、そのアラン・コンヌが二人の友人とともに書いた短いSF小説の中に、次のような、主人公のシャルロットがほんの一瞬、「時間を超えて、直接世界を見ることに成功した」描写があるそうです。 部分的に抜粋すると・・・ ~~~ わたしは未だかつてない幸運に恵まれて、自分という存在ー特定の一瞬のわたしではなく、わたしという存在「まるごと」-の包括的なビジョンを経験することができました。そして空間におけるその有限性ーこれには誰も異を唱えないでしょうーを、時間のなかでの有限性ーこれは非常に多くの激しい怒りを引き起こしますーと比べることができたのです。 ~~~ そして時間の中に戻ると、 ~~~ わたしは量子的情景が生み出した無限の情報をすべて失ったように感じました。そしてこの喪失ゆえに、否応もなく時間の流れに引きずりこまれたのです。 ~~~ と述べています。こうして生まれたのが時間の感覚で、 ~~~ このようにして再び時間が「生じた」ことは、わたしには不法な侵入、精神の混乱、苦悩、恐れや疎外感の源のように思えたのでした。 ~~~ としています。 。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:. つまりは、「時」という「外側」を意識したときに、人間は混乱や苦悩、恐れや疎外感を抱くのではないかと、私は読みました。 外からの不法な侵入、精神の混乱、苦悩、恐れや疎外感・・・ 嫌ですよね。 これらが、いわゆる「時間」に囚われることで起きるのであれば、もう「時間」は記号や目安であると割り切って、あるのは「関係」だけ!(人だけに限らず、もの、生き物、自然などとの関係も)と、内面を中心に生きていくことで、外からの不法な侵入、精神の混乱、苦悩、恐れや疎外感をなくすことができるのではないかと考えて、そのように内面を大切にすると、眩暈が止む経験をしました。 自分を取り戻すってやつですね。 2022年、のぶちゃんは、これでいきます。 。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:. もちろんおともは、関係や内面をはぐくむにはぴったりの、「いだきしんサウンドを焙煎時に聴いた」野生のコーヒーこと、アンドロメダ・エチオピアコーヒーと、キリマンジャロ・ゴマタ・スジコーヒーです。 たまには、いだきしん先生の直接焙煎された、スペシャルコーヒーもいただきます。 豊かなコーヒーに助けてもらいながら、内面と体の中の時計を大切に過ごすことで、「外からの不法な侵入、精神の混乱、苦悩、恐れや疎外感」とは真逆の価値観、言葉にするならば「内からのお行儀の良い進出、精神の安定、幸福、安心感や受容感」を表現し広げていけるのではないかと。 それが広がっていったら、日本も世界も良くなりますよね~。 長い文章を読んでいただいて、ありがとうございました!
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